スペース寿司

とあるオタクの生活記録

自宅待機日記2(最終回)

明日PCRの検査結果が出る。
職場からはいそいそと
「別に今大きな症状が出てるわけじゃないよね?明日陰性の連絡があったらすぐ出勤できる?
という連絡が来た。人不足部署はセッカチ。
身構えてたので辛くはなかった。嘘です。現実に勢いよく引き戻されるこの感覚。

モラトリアムは実質本日で終了である。
不安材料は妙な空咳のみであるが、まあこれは追々どうにかしましょう。
動かないから空腹感もない。なんか食べようと思えば食べられる感じはするがとにかくお腹が空かない。味覚はある。

今日一日かけてどうにか二次創作書けないかとがんばっていた。
あれだけ悶絶拒絶しておいてまたやってるあたりがマゾなのかバカなのかわからない。

書いてたっていうか、もう既に書いていたものを直していた。
文字数3000字未満で、これを機に一切書けなくなった思い出深い一作である。

「これを他者が読んで意味が通じるのか?」を考え続けて色んなところを書き直して一日が終わった。
何回読んでも展開や言い回しが唐突に思えてしまって、それをどうにかする作業だとか、同じ単語や言い回しを近接で使っていないかだとかそんなつまらないことばかり考えて一日が終わった。

3000字もないのに何をしているのか。今の私のレベルである。

最近は「こんなのアップして恥ずかしくないのか」という感情も体調によっては抱いているのでなかなかのものである。

書きたいけど書けないなーというのは2017年頃にもあった。
とある作品にハマり、腐萌えした。
二次創作を貪り読んでおり、書きたいなーという気持ちもあったが自分から書くことはできず(何度かトライしたがダメだった)「あ、書けないわ。ガハハ」くらいの気持ちでROM専として楽しくやっていた。
今思うと不思議なくらいの勢いの良さである。

その後2019年に別作品で書き手側となり、そしてアホほど苦しみ今に至る。


さて現在に目を向けよう。

私はどうしたくて、どうなりたいのか?(どうなりたかったのか?)
解釈を書きたいのか?その解釈に賛同が欲しいのか?カプ友達が欲しいのか?

togetter.com
「『自分の作品を応援してくれる/好んでくれる/持ち上げてくれる誰かがいる!』という事実と自信がほしい」
はかなり危険なことなのよね。
こんなの違う!こんな汚い承認欲求自分にはないです。って言いたくても実際こうなりがちではなかろうか。なることが悪い、という言い方は敢えてしません。
ただそうなってて自覚ある上で調子ぶっこいてるヤツ見ると死ぬほどハラたつよねーマジでまいっちゃうわー。

ここについてのあーだーこーだもあるんだけど日記長くなると収集つかんので避けます。
とりあえずここ受け入れなきゃ始まらない。

オン専に置き換えれば
「推しカプの話をネットにアップすればなんと!推しカプの話がネットにアップされます!」
ってことか。ここでヤッター!して終わらせる感じ、ほしい。
賛同されてる誰かを見るからつらい。仲間に囲まれてうまくやれてる人を見てしまうからつらい。「応援されてる私!」「毎日楽しく二次創作!」「苦しみは力になる!」という物語の型ばかりをネットで見すぎて、それが「良」だとか思っているからつらいのである。
二次創作を通して理想の何かになりたいという意識を取り払わないと。

人はひとりで生まれてひとりで死ぬんだからひとりで萌えてひとりで書けるはず。(暴論)


あと1本書けてから考えるってことでいいですか?
とりあえず今からテイルズやるんで。