スペース寿司

とあるオタクの生活記録

ワンライ嘘日記

駅ナカの食品街に珍しく仮設店舗的なのができていた。

こういう場所には備え付けの店舗ブースしかないものと思い込んでいたので、こんなこともあるのかと珍しくてマジマジと眺めてしまっていた。
通路のど真ん中の柱を軸にして飾り棚を置き、机を置き、商品を並べている。
見たところ茶葉を売っているようだった。缶やパッケージはどれも濃いめの赤で統一されていた。

あんまりじろじろ見ていたものだから店員に逆に捕まってしまった。
どうぞご覧くださーいとケース越しに小さい声で囁く他テナントの姉ちゃんと比べて、「紅茶スキ?見てってよ。たくさんあるよ」と片言の日本語で語りかけてきたおじさんのなんと商魂逞しいことよ。
外国の人だった。何人なのかよくわからないけど中東系だと思った。

とりあえずめちゃくちゃ前のめりだったのでそれならば応えるのが筋だと思って話を聞いた。
横須賀にある紅茶屋らしい。
ダージリン以外の紅茶の名前は難しいものばかりだった。
「缶も、ティーバッグモアルヨ」
おじさんの片言で説明を受けつつあれこれ眺めて、ダージリンともうひとつ、なんとかという紅茶のティーバッグ(10袋入り)をかごに入れたときだった。
紅茶の棚の横に、百均にあるようなプラケースにぞろぞろ並べられた食器が目に入った。
大量のティースプーンである。それぞれ個装されていて、しかしそのどれも新品とは言えない風体であった。
どうやらビンテージものであるらしい。
細かい細工がついてるものから、スプーンのすくう部分に絵が描きこまれているもの(どう考えても飾り用である)、アメリカの超有名大学の紋章がついているものなんかもあった。超名門大学がスプーンをつくる理由ってなんだろう。
その中で、なんとなく気になるものがあったので手にとった。気になるというか、触っておいたほうがいいのかな、みたいな気分だった。
「お客サン、スプーン好き?それイイヨ!」
だいぶ年季が入っており、長らく余っているのだなと察せるスプーンであった。
梱包されたビニールはボロボロで、価格シールが上から何枚も貼り直され、あまつさえセロハンテープで補強されていた。百八十円也。
「おすすめよ。ヨウセイいるスプーン。ヨウセイ」
「よーせい?」
「ヨウセイ、カミサマ」
どうやら妖精のことを指しているのだとその時わかった。
「妖精すか」
「ここの、スプーンに、描いてあるよ」
へえ、妖精の細工でもあるのかと見てみるけれど、絵が描きこまれているわけでもないし、燻った銀色の柄の部分は至ってシンプルだし、むしろ味気ない。せいぜい柄の先端に長細い円の形をしたフレームと、その中に埋まってる琥珀のような石しか見当たらない。
この茶色の濁った石を、おじさんの国では妖精とでもするのだろうか。
「カワイイでしょ?」
そんなこと聞かれても、ただの石がかわいいかどうかなんて私には分からないし、何より琥珀はあまり好きではないので、私は回答に困ってしまった。
「かわいいし、オススメ、ヤスイヨ、おすすめ」
おじさんは陽気な声でひたすら私にスプーンを薦める。
だが私にはどうしても最後までスプーンにいるはずの妖精とかいう存在がわからない。なんせ妖精感ゼロである。それに琥珀というには濁っているし、そもそも綺麗と思えない。
それどころか琥珀ぽい部分を凝視している間になんとなく目玉のようにすら見えてきて、いっそちょっと不気味なくらいであった。
茶色の石は、中央にいけばいくほど色の深みを増していて、それが人間の黒目の部分とよく似ていた。
いずれにせよ、購買意欲はかなり落ちていた。
あと、なにより無駄遣いはよくない。無駄遣いは安物をほいほい買うところから始まるのである。いまの財布の中身を思い出すべき。
なので、これは大丈夫です。と言って顔を上げたとき、目があった。
おじさんの肩にしがみついている女とである。

髪が長い、真っ白の肌の女だ。
ただそれだけでは女かわからんだろうとつっこまれるかもしれんが、おじさんの肩を掴んでいる手が女性ぽかったのでそーゆーことにしておきたい。特筆すべきはこれでもかと伸びて邪魔そうな前髪の隙間から覗く眼球が縦にも横にも異様にでかかったのと、白目や黒目の境がなく全面見事に薄気味悪い茶色であったということである。ちょうどスプーンの上についた石のように。
「大丈夫?ほんとにぃ?」
おじさんは茶色の目をした女を背負いながらなおもスプーンを押し売ろうとする。ぼろぼろのビニールを手にとってほれほれと掲げてきたりする。おじさんの白髪交じりのちりちりのもみあげの後ろで茶色の目の女がにたっと笑った。口の中まで茶色かったし、なんだかどろどろしてそうだったので、動物的勘で財布を探すふりをして目を背けた。
「また今度にします。いつまでやってるんですか?」
「今週日曜マデ!」
会計を済ませる頃には、女はいなくなっていた。


一ヶ月くらい前の出来事である。
もちろん週末まで私は駅ナカには行かなかった。近づく近づかない以前にたぶんその翌日にはそんなこと忘れていた。
そして今日ふと思い出したのであった。

紅茶は普通に美味しい。
でも、横須賀にある紅茶屋を調べてもそれらしき店がヒットしない。
もらってきたはずの店のカードもどこかにいってしまった。
とりあえず、ダージリンと併せて買った紅茶の名前が知りたい。
ウ、という文字がついていたような気がする。

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12:25→12:58(33分)
昼休憩が終わるのでこのまま投稿します。

18:15→18:23(8分)
修正

19:07-19:27(20分)
修正(強制終了)

1分はみ出ててた。