スペース寿司

とあるオタクの生活記録

綺麗な心 澄んだ眼差し

よい作品を見たら純粋にすごいなーと思いたいし、エネルギーをもらった!と思いたいけど、実際はちくしょうめ…と悔しくなるし自分がものすごく能無しの恥ずかしい存在に思えてしまう。

何かを書き切ったとしてもそこまでで、自分が気に入らなければ過程を含めて無かったことにしたくなる。よいところを見つけることを放棄してしまう。自分ではそれ一辺倒になるため、最終的に人の評価に全振りで委ねてしまって、拗らせる。

人を純粋にすごいと言えて、自分の書いたものをちゃんと愛せるのもまた才能なんですよね。
今の私はおそらくそのあたりがものすごくちぐはぐになっていて、そうならないようにするには「うまくなるしかない」というとても曖昧な感じ。
でもそうなるしか苦しさを手放す方法がないのでどうにかうまくなりたい。
自分の能力値を自分が納得できるとこまで引き上げたい。
ただしこれはめちゃくちゃ危険な思考だとも思う。なので折り合いを見つけようとする。
そこでまた世間の綺麗な心にぶつかって自分の程度の低さにグエーっとなる。
エンドレス負ループ。

綺麗な心で、なんというか最も根本の、原始的な部分に忠実でいられる人はすごいよ。
それだけで立派だと思う。
いまだに出した本のことを好きにもなれず悩み続けている私は、どこから直せばいいのだろうか。

まーぶっちゃけた話、書かなくなればきっとすべて直る。
ROMに戻ればすべては正常になる。
書き手になったときの私の心というものが意地汚いだけなのである。

卑屈、やめたい。
髪の毛乾かしたら文章書くぞ。